秋山誠輝
昭和42年4月18日 朝の御理解
信心をさせて頂く者の、お~、姿勢と言うか、心構えを、または形の上においても、実意丁寧でなからなければならないということが言われます、私共本当にあの、思うことも、行なうことも、お~、言うことも、実意丁寧で溢れておるなというようなあり方にならして頂いたら神様にも喜んで頂けれるだろう、また人も、なるほど金光様の御信心を頂いておられるから違うなということになるだろう、でもう一つはあの、「実意丁寧神信心」と仰せられるのでございますから、実意丁寧神信心にならして頂くために私は、「信心する者は、木の切り株に腰を下ろしても、立つ時には礼を言う心持ちになれよ」とおっしゃる、形だけではない心持ちにもなれよと、木の切り株に腰を下ろして立つ時には、ね、そういう木の切り株と言えば、何にもならない、ね、まあ言うなら、そういう木の切り株に腰を下ろしても、つまらないものということになるかも知れません、時にはまず、掛けさして頂く時から、「掛けさして頂きます」というような心持ちになれよ」と、また立つ時には、「おかげで」という気持ちで、「お礼を言う心持ちになれよ」とこう言う、こういうような私は内容が自分の心情になってきたら、実意丁寧な内容、実意丁寧なこのあり方というものが出けてくるとこう思うですね。
同時に、「何事にも信心になれよ」と仰せられます、「信心する者は何事にも信心になれよ」と、この事だけには信心になるけれども、このことには信心になれないと、ならないといったようなことではなくて、信心する者はどのような事に、の場合でも、どのような事の内容、どのっ、どのような、例えば、あ~場合であってもその内容が信心でなからなければならない、ね、信心しておれば、え~、医者にかかってはならないとか、信心しておれば、え~、お芝居にやら温泉やらには行ってはならないとか、いったようなことではないのです、ですから、そのお風呂へ入っても、言うならお便所に入らして頂いても、お芝居を見せて頂いておりましても、温泉に浸らして頂いておりましても、その中にです、いわゆる実意丁寧神信心があるということ、これはもうどのような事の中にでもあるということ、信心は奇麗事ばかりで、いや人間が奇麗事ばかりではすまされんのでございますから、ね、そういうような、ここだけは誰にも見せられないといったような場合であっても、そういう中にあって、やはり信心になれよとおっしゃるのでございますから、ね、その有り難うございますを忘れちゃならん、いつも、あっ信心になっておるだろうかということを反省さして頂かなければならないと、なります。
「信心さして頂く者は、何事にも信心になれよ」と、「信心さして頂く者は、木の切り株に腰を下ろしても、立つ時には礼を言うような心持ちになれよ」と、でそういう心持ちにならしてもらい何事にも信心にならしてもらう時にですね、私は、ね、神様の御信用は言うにおよばず、ね、これが、あ~、人間同士が見たり聞いたりする場合でも、「言われる事が違うなぁ」と「信心しておる者は、っんと信心しておりゃ、さっしゃる事が違うなぁ」と、「第一心掛けが違うなぁ信心しとる者は」と、例えば言われ思われするようなですね、あり方になるのでございますから、その人の人の信用がつかぬはずがございませんもんね、私はもう、ここのみ教えを二つをですね、本気で心に増さして頂いたら、よりお道の信心の生命と言われる実意丁寧神信心が出来るんだとこう思う。
私今朝お夢の中で、失敗をしたお知らせを頂いたんです、え~、私があの、お茶の手前をやってるんですよね、それでその、私のお茶の手前をやっておる、私が茶室に入るところから、その、映すというわけなんです、それでも私はその、まあこうその映画に撮ろうというわけなんですね、ですけども私が、思うておることが「一番始めからぶっつけ本番には撮らんじゃろう」とこう思うておるもんですから、私がそのザーッとしよる、そして茶室に入って座らして頂いたら、あの、お~、それが、あの本番で撮っておるということが分かったんです、それからあただに、その姿勢を正してですね、本当のお茶の手前をして半分はもうザーッとし、半分は、その、本当にしておる、そしてその後にです、私が「そんならそんのごつ言うとかじゃこて」っち、「そしたらはじめからちゃんとそのつもりで私は動くところへ、もう黙~って撮ってから、もう私はまだ、これは稽古と思うておるもんだから、あぁザーッとして撮ったり・・」いうわけなんです、そしたらですね、誰かの声であの、「信心はいつもぶっつけ本番だ」ということを頂いたんです、「信心はですねそういう稽古はない」っちいう、信心の稽古とそれはまた別なんです、私共が言うておること、または行のうておること、もう撮り直しが出来ないんだと、ね、そこで私共がですね、そのいかにぶっつけ本番であるということ、いわゆる神様がお映しになるところの、神様の目に映ずるところの、私共の隅々端々にいたるまで、私共の言うておること、行のうておること、が言わば、テープレコーダーに収録されたり、または映画に撮られたり、またはレコードに撮られたりといったような、ものであるということを心に掛けさせて頂いておるとです、今日私が皆さんに聞いてもらうところの信心がいよいよそれを身に付けて行かなければならないなということが分かってくるだろうとこう思うのです。
私この事について思い出す事があるんです、もう、おぉ私の修行のもういよいよ酣という、時分でございましたから、もう、お~、大変暑い夏、夏の日でした、それでも私はあの、洋服を、お~、このボタンを取ったことがございません、これは当時神様は修行で受けてござってござったんですね、それでも夏も冬もないその洋服が、あ~、私の、お~、これはもう上衣、いつものもう御本部参拝する時であろうが、善導寺にお参りする時であろうが、内におる時であろうがもうその洋服きりでございました、ですからもう私は、あのいつも、そのお~、Yシャツだけはその奇麗なのを毎日取り替えさして家内がくれましたんです、その当時の事なんです、神様から福岡におる時分ですから、吉木先生の、初代の吉木先生の奥城きお参りすることを頂きました、毎日一回お参りさして頂いておったんです、その日が丁度、もう炎天のお~、丁度最中でございました、いつも参りますと、「今日はこの道を通れ」とおっしゃるところが、全然道が無いのです、もう山でしたが、大して高い山じゃないですけれども、もう全然道の無い薮の中を、神様は「分けて通れ」とこうおっしゃる、でそこんところをもう神様から、そのお指図頂く通りに一生懸命その、山登り、もう汗がぶるぶるでございますがね、そしてある、もうやがて頂上という所のまで登って参りましたら丁度一本の松の木がありましてね、その松の木の下に、あの初めて「ここでまあ一服せよ」ということを頂いた、でその当時私はあの、日陰なんかに入ったことはございませんでした、で私が、え~、日陰にでも入る、入ろうものなら、ね、「楽をしようと思う心もう堕落する心に」とお知らせがあった、「楽をしよう楽をしようと思う心はもう堕落始まりぞ」というわけなんです、ですから、町の道を歩かして頂くでもですね、もう暑い所へ暑い所へ行って歩くというような時分でした、勿論神様が「さあここで一服せよ」とおっしゃる時なんかはもう、大きな石があってですね、石がもう焼け付くように、その焦がれるように熱いんです、そこに一服しようとしたのですから、座って、掛けてはおれんのです、ね、結局一服やらは必要でないという特別の修行を受けておる時なんです、そういうそのある日でございましたがです、その登ってみましたら、「松の木の木陰に入って一服休め」と、そして「ボタンを取れ」と「上着を取れ」と、頂くんです、これは(?)すぎとるじゃないじゃろうかと思いながらも、びくびくしながら、もうボタン取って上着を取りました、そしたら丁度、その博多海ですかね、こう海が見えるのです、ね、涼しい風がこう吹いてくるんです、涼しい、ね、景色が良い、もう神様とお話し合いなんです、「今日はここに座れ」と「今日は神がね、お前のこれまでの事、これからの事、ここで物語ってやるぞ」というお言葉を頂いた、私のそれこそ、母の体内にある時から、それから生まれた時から、私に大坪総一郎という名前が命名された時、ことの理由から、私が、お~、生まれて六十日ぶりにあの火傷に、をいたしました時の事から、それこそもう細々と色々お知らせを頂きました、そして「その方には火の行を三回させたぞ」とおっしゃる、なるほど私二回だけは大きな火傷をしております、けれども三回というのはこの一つは霜焼け、ね、もう私の霜焼けはもう人と違ってもう、この骨が見えよりました、(?)ごとなりました、今でもこう沢山無数な傷がございますのはこれは火傷の跡なんです、火傷、霜焼けなのでございます、ね、そして私が、十五の歳から、あ~酒屋の、お~定員に、いわゆる酒屋の小僧ですね、酒屋の小僧にならせて頂いた時分の事から、私は七年間酒屋を勤めぬかせて頂いた時から、もうそれこそ良い事悪い事、もう本当に人の前では話されないような事まで覚えとって下さいました、まああんまりその~、したことですから、悪い事はもう本当に、私、いかに私でも申し上げられない事ですから、申し上げませんけれどもですね、まあ良い事を申し上げますとね、私が久留米の商事場の酒屋の番頭に行っとります時に、毎朝私はあのクシアの教会に朝参りをいたしました、店が七時に開くんです、それで毎日毎日、丁度今の箱崎の教会長先生達が夫婦で御修行の中、時分でございました、もうこれっこそ毎朝、私がお参りをすみますと、商事場の(みしたじちょう?)なんですね、八百屋の番頭さん、おぉ、かじ屋のお弟子さん、もうそれそれ五・六人は必ずついて参りました、私がズーッと起こして回るんですよ、それでその、お参りをしていた時代がございましたがですね、ある時に私が八百屋のコウちゃんと言う人をお導きして、参ることになったんです、大変霜の朝でした、ところがですね、今はあります丁度くしわの入り口にアキバ神社というのがございます、あそこの前でそのコウちゃんが、下駄の羽を切ったんです、それで私がですね、これは初めてというて参ったのにしるしい思いをさしたら「明日から参らん」と言うちゃならんからと思いましてね、私はあの裸足になって、私の下駄を捌かせて、お参りした事があるんです、もう私は本当に忘れてしもうておった、ね、一日はああいう事もあったなと言うて、そんな事まで神様のいわゆるお帳面には付いておるということなのです、ね、私が酒屋の番頭に行っております時分にですね、大変私が行くとも~う大変その歓待してくれる家があったんですよね、もう寒いと、私が今日(?)だけ持って行きますと、「も~冷たかったろ、寒かったろ」っち言うちから、もう洗面器にですね、温いお湯をくんでいて、「さぁちょいとこれで手ばいっちょ温めてから、してからこっち油鉢にあたらんの」と言うて、もう本当にそういう親切をして下さる方があったんです、ですから私もそれに、もう言葉だけ言えば、そのすまんともですね、時々私がその、昔は一升六クンでした、一杯入れますと一升五勺ぐらい入る、もう私五勺ぐらいかねてからですね、その言うならば、これは私が泥棒しておるようなもんでございますよね、あんな事もあったのかと、と言うてから下さるのです、なるほど神様のご帳面にはもうどのような事でも、写っておるなぁということでございます、ね、だけではございません、(?)った事まで、今日のこうやっておかげを頂くようなこともその時頂いておりました、ね、それがいわゆる頂いたことのように、こうしておかげを頂いておるわけでございますけれども、ね。
今日の例えば、あ~、おかげを頂きましてね、そして「何事にも信心になれよ」と、「木の切り株に腰を下ろしてま立つ時には、礼を言うような心持ちになれよ」という、そういう心持ちを作っておきませんとです、そのような神様の、厳密な、お裁きを受けなければならないのでございますから、ね、必ずそうして写真に取っておられ、映画に収められておるのでございますから、もういつもぶっつけ本番の気持ちでです、私共は言うたり行のうたりしなければならないということなのです、そこでなかなか出来ない事が出来ませんので、またご無礼な事であったと思いますから、ね、本当にお詫びしぬいて行かなければならい、ね、そのお詫びをしておる姿が、ある意味合いにおいては実意丁寧、そして「私のような者が」と、謙虚になれない、なれるわけなんだ、どういう木の切り株に腰を下ろしても立つ時にはお礼を言う心持ちになるから、一切のものに合掌をして有り難うございますと言うておる姿ですから、なるほど誰が見ても、「信心しておる人は違う」ということになってくるんじゃないですか、「信心する者は何事にも信心になれよ」とはそのようなことだとこう思うです、ですからそれが自分の心情になる、それが自分のものになってしまうとです、私はさほどに骨が折れんのじゃないかとこう思うのです、ね、御広前だけでは、お見事、家に帰ったらもう違う、話ししてござることは立派なこっちゃけれども、もう商売に掛かっておる時には、もう「儲ける儲ける」ということばぁ~かり、それこそ人の茶碗でも叩き落としてからでも儲けようというような、ことに変ってしまっておるというようなことではです、本当の信心生活は何時まで経っても出来ません、ね。
どうぞ、おかげを頂きましてですね、今日は私は、もう出来ません、出来ませんって、せめて今日はです、もうこの事に本気で取り組みたいと自分で今日は心に決めさしてもらいました、もう今日ばっかりは一つ、もう一切の事にお礼を申し上げる気持ちになるぞと、本気で有り難く、う~なるほどの信心にならして頂くことに心を向けさして頂くぞと、ね、そして神様からです、ね、ぶっつけ本番を頂いておっても、さほどに可笑しゅうない、おかげを頂きたいのと思うております、「神様ちょっと今んと稽古でございましたから、また撮り直して下さい」と言うわけにはまいりません、ね、その信心さして頂く者はいつも、ぶっつけ本番の気持ちでです、一切の事に望まなければならないということなんですね。 どうぞ。